皆さん、セルフトークをコントロールしていますか?
はい、それができているなら、次はセルフイメージもコントロールしてみましょう。
両方を意識することが大切です。なぜなら、ゴール設定が鍵だからです。
まずゴールをしっかり定めて、未来の自分——未来人としての自分——を想像してみてください。
そのセルフトークやセルフイメージを鮮明に描くことが大事です。
さて、それでは本日のテーマに移りたいと思います。
本日もよろしくお願いいたします。
今日のテーマは、「バカと煙は高いところへ登る、本当に?」です。
このことわざ、よく耳にしますよね。昔から「高いところに登るのは危険だよ」という意味合いで、
子供の頃から注意として聞かされてきた記憶がある方も多いのではないでしょうか。
でも、本当に高いところに登る人が「バカ」なのか?
今日はこの点を少し掘り下げてお話ししたいと思います。
まず、誰の言葉に耳を傾けるのか。
そして、自分の頭に入ってくる情報をどう吟味するのか。
視点を変えたり、角度を変えてみたりすることで、見え方が変わることがあります。
もしかしたら、私たちは情報を鵜呑みにしているだけかもしれない。
そんな視点も含めて、今日のテーマを選びました。
確かに、「高いところは危険だから気をつけて」と子供に教えるのは大事なことです。
昔から繰り返し言われてきたこの言葉には、そういう意図があるのでしょう。
でも、だったらシンプルに「高いところは危ないからやめなさい」と言えばいいですよね。
なぜわざわざ「バカと煙は高いところへ登る」という表現になっているのか。
ここをちょっと考えてみてほしいんです。
情報には、発信する側の立場が反映されている場合があります。
発信者は自分の都合の悪い方向には情報を向けない可能性もある。
例えば、私が今ここで話している内容も、私の立場から見たものに偏っているかもしれません。
ライブ配信を聞いている皆さんが、どちらの立場で考えても納得できるかどうか、
よく吟味して取り入れてほしいんです。
私の話に悪意がなかったとしても、私の視点や角度で語っている以上、
皆さんの視点と一致しないこともあるでしょう。
でも、違う角度から見ることで、新しい気づきが生まれることもあります。
だから、今日のテーマを題材に、少し考えてみてほしいんです。
さて、高いところに登る人が本当に愚かなのか?
ここで2つほど考えられるポイントがあります。
1つは、「高いところは危ないからやめなさい」という言葉をそのまま受け入れて、
子供に伝える時に強い印象を与えるために「バカ」という言葉をつけた可能性。
でも、そもそもそんな強い言葉をつける必要があるのか、考えてみましょう。
実は、私なりの解釈では別の見方ができると思っています。
皆さん、高いところに登るとどんな気持ちになりますか?
高所恐怖症の方は別として、普通は「気持ちいい」とか「見晴らしがいい」と感じますよね。
遠くまで見渡せて、気持ちが大きくなったり、体が軽く感じたり。
高いところから見ることで、視野が広がり、情報も俯瞰できる。
そうするとどうでしょう、IQが下がると思いますか? それとも上がると思いますか?
私は上がると感じます。
例えば、東京タワーの下から見るのと、上に登って見るのでは景色が全然違いますよね。
視点を変えると、新しい気づきやインスピレーションが生まれる。
つまり、高いところに登ることはIQを上げる行為とも言えるんです。
でも、今日のテーマである「バカと煙は高いところへ登る」という言葉は、
その真逆のことを言っているわけです。
では、この言葉を作った人は何を意図したのか。
昔の人は抽象度の高い思考ができる人たちで、言い方は悪いですが、
おそらく社会を支配する立場にいた人たちだったと思います。
彼らからすると、高いところから見下ろす人が増えると、
自分たち以上に高い視点で考える人が出てくるかもしれない。
それが困るから、「高いところに登るのはやめなさい」と、
こんな言葉を作った可能性もあるのではないでしょうか。
常識とされていることが、実は逆の意味を持っていたり、
少し外れた視点で見ると真実が見えてきたりすることもあるんです。
ただし、ここで言う「真実」はあくまで私の解釈です。
皆さんの真実とは違うかもしれない。だからこそ、
誰の言葉に耳を傾けるのか、昔の人が言ったことが本当に正しいのか、
その裏に何か意図があるのかを考えてみてほしいんです。
もし、「高いところに登る人はバカだ」とみんなが本気で信じていたら、
この世にあるものが存在しなかったかもしれません。
例えば、大仏です。奈良の東大寺の大仏を想像してみてください。
自分が大仏と同じ高さになって、上から見下ろしたらどんな景色が見えるか。
高いところから見ることは、実はIQを上げる道具でもあるんです。
それを昔の人は分かっていたはずなのに、なぜか逆のことを伝えている。
しかも、それを深く考えずに言い伝え続けてきた結果、
被害者が増えてきたとも言えるかもしれません。
だからこそ、私たち一人ひとりが受け取る情報に対して、
その裏にある意図を考えてみる必要があるんです。
言われるがままに従う人もいてもいい。でも、
「これは違うかもしれない」と自分で考えてみることで、
あなただけの素晴らしい気づきが生まれる可能性があります。
「ガーベージ・イン、ガーベージ・アウト」という言葉があります。
ゴミのような情報を入れれば、ゴミのような結果しか出ません。
でも、色付けされた情報が入ってきた時、それを自分で消化して判断する癖をつければ、
自分なりの答えが見つかるんです。そのプロセスが脳と心にとって大切だと私は思います。
ゴール設定も同じです。自己責任でゴールを決めるからこそ、
そこに向かっていける。成功しても失敗しても、自分の糧になります。
情報をただ受け入れるのではなく、咀嚼して消化して、
「これは正しいか」「自分のゴールと合っているか」を確かめる。
そうしないと、それが正しいかどうかも分からないままになってしまいます。
情報には発信者の立場が必ずあります。
たとえ「君のためだよ」と言われても、それが魔法の言葉として使われている場合もある。
皆さんの人生の中で、そういう殺し文句に何度も出会ってきたはずです。
でも、自分で考えて決断した答えは、失敗しても成功しても必ず自分の力になります。
一番危険なのは、間違った情報を鵜呑みにして、
それを次の世代や周りの人に広めてしまうことです。
自分が発した情報で被害者が増えるとしたら、どう思いますか?
だからこそ、情報をよく考えて、自分なりに「これがいい」と思えるものを
普段の生活の中で発信していく。そして、心を開いて話せる相手——家族や友人——と
意見を交換することが大事だと思います。
情報をインプットしてアウトプットする時、
それが自分の視点だけでなく、周りの人との空間で正しい方向に進むものか、
嬉しい、楽しい、清々しい気持ちになれるものかを考えてみてください。
自分さえよければいい情報にならないように、私も気をつけていますが、
皆さんも日常の会話の中で意識していただければと思います。
今日のテーマを聞いて、「逆の考え方もあるな」と感じていただけたなら、
それを日々の生活に生かしてもらえたら嬉しいです。
最後に一つお伝えしたいことがあります。
「情報吟味」です。
その情報は誰の立場から発信されたものなのか、よく考えてみましょう。
「君のためだ」と言われても、それが自己中心的な意見ではないかを見極める鋭い目を持ってください。
そうしないと、自分の意図しない方向に流されてしまうかもしれません。
ということで、本日のライブ配信は以上とさせていただきます。
いろんな情報がありますが、今日話し足りなかった例題はまた後日お話しできればと思います。
本日もご視聴ありがとうございました。
明日もライブ配信を予定していますので、またお会いしましょう。
それでは失礼いたします。
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